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評論はどんどん書かれるべきだ
侯孝賢は語る。「創作者には、自分の映画制作を振り返って、そこに働いている原理やプロセス、とりわけその原理を語ることはできません。ですから私は、自分の映画について人が書いた評論は見ないのです。相当時間が経って、たまたまふと目にすることがあると、ああ、当時彼らはこんなふうに書いていたのか、などと思います。そしてたいていの場合、それらはまったく当たっていない。研究やら論文やらに書かれたことはほとんど的が外れていますが、外れたなかにもそれなりの面白さはある。」 僕はたまたま先日、侯孝賢の本を読んでいたのでこの部分を引き合いに出したが、多くの制作者たちが評論家や批評家と倖せな関係を築けていない。仲の良かった俳優は度々僕に「たかはしくんは批評家になりたいのか」と蔑むように迫り、知り合いの伝統芸能に従事している方はLINEのトークの背景画像に「くたばれ評論家!」とポップなキャラクターが叫んでいる画像を使っていた。批評家や評論家は現場を見ておらず、安全地帯から勝手気ままな意見をのたまっているやつだ、制作者はそう思い嫌っている。 しかし、しかしである。批評家や
4月12日読了時間: 5分
ブルーハーツを聞かなくなった
あんなに好きだったブルーハーツを聞かなくなったのはどうしてだろう。先日会った大学生がブルーハーツのTシャツを着ていて、聞いたらヒロトとマーシーが大好きなのだと言う。僕も大好きだった。中学生から高校生にかけて、正規に発表されている音源だけでなく、ブルーハーツの未発表曲や未発表のライブ音源、ヒロトとマーシーの前のバンドの音源をネットで漁りまくった。ヒロトの歩き方を真似た。曲は毎日聞いた。ギターもバンドスコアも持っている。写真集もあるぞ。今でもほとんどの曲を歌えるだろう。けど今は聞くとすこし恥ずかしい気持ちになる。 ブルーハーツは反発していた。日頃の抑圧を全て発散してやろうとばかりに「リンダ」と叫んだり、「終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため」「生まれたところや皮膚や目の色で いったいこの僕の何がわかるというのだろう」とうたっていた。 なんだか大人が決めたルールを破っているみたいだ。「ジョーシキなんておれには通用しないんだぜ!」そういうイタズラになんでも反抗してみることがかっこいいと思っていた時期に僕はブルーハーツにはまっていた。そして、同
3月17日読了時間: 4分
連続ワークショップ「生活を(に)映画に(を)」
2月16〜18日にかけて、東京造形大学のCSLABにてワークショップを行った。ことの発端は現在の映画・映像専攻の1年生が何かワークショップ的なものを企画することとなり、自分の悩みや状況を五十嵐耕平准教授に相談したところ、僕を勧めてくれて話がきた、という流れだ。この記事が載っているホームページの問い合わせフォームからの連絡であった。 しかしなんで僕に…。ワークショップなんてやったことがないし、何をしたらいいのかもよくわからない。それも含めて一度打ち合わせることにした。そしてオンライン打ち合わせで聞いてみたらびっくり。五十嵐さんに勧められたから声をかけただけで、僕の映画は1本も見たことがなく、インタヴューを読んだだけだという。これはおもしろくなりそうだぞと直感した。僕のイメージするワークショップというのは、なんだか偉そうな経歴を持った講師がゲストとして呼ばれてやるものだと思っていた。そこの講師というのは皆からではなくとも、少なくとも主催者や誰がしかからある程度尊敬されていたり、憧れられていたりするものだと思っていた。しかしそれが全くない。これはいい
3月3日読了時間: 6分
エッセイを書いた2025年
何を思ったのか2025年はエッセイを書いてみようと思い立ち、1年間ここで書いてみた。書いてみてわかったのだけど、僕の場合は自虐にはしらない限り、かなり高い確率で求められてもいない自慢や自分語りになってしまうということだ。恥ずかしいことだけど、油断するとすぐに自分語りをしてしまう。かなりの分量を書いてみて、読み返してみて恥ずかしくなって全部削除した文章がたくさんある。 おいおいどこの巨匠が書いているのだというような上から目線。己が映画の神様であるかのように御託を述べ、世間を決めつけ、狭い見識で何かを語りたがる。あーバカバカ。引っ叩いてやりたい。 僕は順調に自慢話をしたがるおじさんへの道を歩んでいる。 ウルトラセブンの12話がなぜかネット上に公開されたという情報が、年末の、しかもギリギリのタイミングで飛び込んできた。ウルトラセブンの12話というのは特撮に興味がない僕も知っているくらいの伝説的なエピソードである。再放送禁止となり、その後円谷プロも欠番扱いとしていて、どうがんばっても見ることができない話であったはず。特撮ファンであったなら大騒ぎした
1月17日読了時間: 3分
カラオケが苦手である
カラオケが苦手である。音痴だから恥をかきたくないということもあるが、それよりなによりカラオケという場にうずまく政治が苦手だ。 誰と一緒にいるか、どんな世代なのか、何人いるのか、盛り上がった方がいいのか、逆に下手に盛り上がらない方がいいのか、この曲を入れたら狙いすぎだろうか、しかし知らない曲を入れてもしょうがなく、世代的に一番若いから最近の若者っぽい曲がいいのか、合いの手は入れるか、サビが終わったあとの手拍子はどこで終わらせるのか、聞いていない感じのほうが歌いやすいのか、もうすぐ終わりの時間になるのだったら最後っぽい曲を入れたほうがいいのか、知らない曲だがみんな知っている前提で物事が進んでいるから知っているフリしようか…めくるめく状況の変化の中で正解を当て続けなければならないことに耐えられなくなる。 「好きなように歌いたい曲を入れればいいんだよ」 とカラオケ好きは言うのだが、しかしそういうことを言う人に限って、いざ入れるとデンモクばかりをいじって全然盛り上げてくれないのだ。 時折、誰と行こうが自分の歌いたい歌をいれて、画面をジッと見ながら自
1月11日読了時間: 3分
今夏の思い出
今夏、長野県の木曽で滞在した中で最も思い出深いのはmicciさんとの出会いだった。micciさんは木曽の山中で旅館を経営している一児の母である。息子のnaggieは10歳の少年。naggieはわんぱくで、虫が好きで、虫が嫌いな僕にたくさんのアブがとまっている掌を見せてくれる。「ねえママ!」と度々micciさんを呼んで一緒に遊んでほしいとせびる。 10歳くらいの子供はすごい。仕事柄子供達と一緒に映画作りのワークショップをしているからわかる。子供というのは本当に体力が有り余ってしかたがないのだ。じっとしていることは難しく、すぐにどこかに駆け出して体をいっぱい使って遊ぶ。寝ている間に溜まった体力を全て使い切らんとばかりに、スポーツをしたり遊びをしたり、走り回る。それが子供というものだし、それが男の子というものだ。僕もそうだった。naggieもまた御多分に洩れず体をよく動かしていた。 僕はときどき、もし自分に子供がいて、僕のような子供を育てることがあったらほとほと疲れ果ててしまうだろうと思う。自分の子供だから愛していることには違いなかろうが、ずっと一
2025年12月24日読了時間: 4分
思い出にならない日々を過ごしたこと
大学時代のあるとき。仲の良かったグループの中の1人が「みんなで週末、富士山に行ってきた」と話していた。えー、いいなぁ富士山、おれ登ったことないんだよなぁ。そんなことを思ってからふと「あれ、おれは呼ばれていないぞ」ということに気づく。あー、そうか。おれはこのグループのレギュラーメンバーのつもりだったけど、みんなにとってはゲストだったのか。彼らは彼らの中で過ごしたい時間があって、おれはその中にどうやら入れていない。そのことに、急に気づいてしまう。 『 わたのはらぞこ 』を見ていて思い出したのは、この寂しさだった。主人公のヨシノは2回、人の背中を眺めることとなる。それは「点と」の主宰である加藤さんと豊島さんの背中だ。 加藤さん扮するばんちゃんはヨシノと歩いているときに、道端で知り合いのおじいさんと遭遇する。するとばんちゃんはおじいさんと話し始めてヨシノから遠ざかる。取り残されるヨシノはその2人の背中を見る。 豊島さん扮する半田と終電を逃しそうになり走るヨシノ。ヨシノは途中で走るのを止める。半田はそのまま走り続ける。それを見続けるヨシノ。...
2025年10月25日読了時間: 4分
価値観が壊れるとき
僕が茨城県土浦市に住んでいた小学校3年生のときの担任の先生は、今思うとなかなか問題な先生であった。基本的に不機嫌で、その不機嫌さで子供達に八つ当たりする。朝、先生が教室のドアをバン!とでかい音をたてて入ってくる。僕を含めたクラスメイト達の背中がビシッと伸びる。「チッ」と舌打...
2025年8月12日読了時間: 5分
したくない遭遇としたい遭遇
「顔を持ってかれる」らしい。何かの比喩ではない。文字通り、顔を持っていかれるのだそうだ。熊に襲われると。 長野県木曽町にいる。ありがたいことに7〜8月はここで滞在をしながら短編映画を撮るという小さなプロジェクトを始めることができた。それもこれも昨年の今時分に神戸に滞在をし...
2025年7月25日読了時間: 4分
出会いについて
「 『なぜ勉強するの?』と子どもに尋ねられて困った大人たちへ 」というブログ記事を読んでいた。もし子どもに聞かれたらなんと答えようか、子どもなんていないのにそういう妄想をするのが好きだ。その記事にはこう書いてあった。「子どもが『何のために勉強するの?』と尋ねた時点で、彼らは...
2025年7月12日読了時間: 5分
「仕事のやりがい」はなんですか
常時募集をしている テーマ募集の投稿フォーム から投稿をいただきました。ありがとうございます。 たかはしさんの「仕事のやりがい」はなんですか?または、仕事にやりがいが必要だと思いますか? 今回はこの投稿を元に書いてみようと思います。...
2025年5月31日読了時間: 7分
感性について
全然連絡を取り合っていない知り合いから急に連絡がきた。お茶でも一緒にどうですかというような内容だった。そんなことをするような仲ではなかったし、僕はその人のことをあまり思い出せなかった。前に初めて会ったときはたしか新宿かどこかの飲み屋で、知り合いの知り合いみたいな感じでいたよ...
2025年5月10日読了時間: 5分
俳句は批評の時代へいくか
全俳句データベース というのがとっても好きだ。めちゃくちゃおもしろい。どういうものかというと、俳句は五七五という定型詩であり、使える音は五〇音と有限であるから「あああああ あああああああ あああああ」から「んんんんん んんんんんんん んんんんん」までの全てのパターンを作れば...
2025年4月26日読了時間: 5分
科白を噛むと嬉しくなる
「『リオ・ロボ』の中で女の子が台詞をとちりながら喋った時、いいなあと思った。というのも普通、人はそういう風に話すものだし、私も変えようとは思わない。」 ハワード・ホークス 小学校6年生のとき、文化芸術鑑賞のプログラムで劇団四季の演劇を観ることになった。そのときのことをよく...
2025年4月12日読了時間: 6分
2年でお別れ
僕は物持ちがいい。小学生の頃から使っている筆箱がある。高校生の頃から着ている服もある。リップクリームは5年かけて使い切った。家のパソコンは前の会社で使っていたものをそのまま買い取ったもので、もう10年くらいになるのかな。先日残念ながら壊れてしまった髭剃りも10年以上使ってい...
2025年4月7日読了時間: 5分
節約は好きですか?節約についてどう思いますか?
節約は好きですか?節約についてどう思いますか?(後略) テーマ募集フォーム からこのテーマをいただいて、久々に思い出した。僕は節約が大好きだったのだ。というより使命感を持って節約をしていた。 小学生の頃、進研ゼミをやっていた。毎月とても楽しく勉強ができる教材と、雑誌や...
2025年3月1日読了時間: 4分
困っていること
最近、惨めな気持ちになっていない。これは困ったことだ。 僕は惨めさを原動力にして物語を作ってきた。『文化の日 製本前の 紙重し』という自主映画も一つの惨めな思い出を元にしているし、『上飯田の話』の2話目も妹と口論で捲し立てられたことを元にした。...
2025年2月22日読了時間: 4分
言ってみたいけど言えない言葉
「最初は全然、映画監督とかやるつもりなくて…」という言葉を一度でいいから言ってみたい。というか、言ってみたかった。そういう人生に憧れる。もう言えない。大学でも映画づくりをしていて、脱サラしてまで大学院で映画づくりを勉強した。ガッツリ映画監督になりたい人用にあつらえられた道を...
2025年2月15日読了時間: 4分
エッセイを書く
僕は人にがっかりされることが多い。その一つを紹介する。 自分でいうのもなんだが、僕は”本を読みそうな顔”をしている。ヒョロッとした不健康体型に丸メガネ面だからだろうか、読書好きなように思われることが多いのだ。しかし実際は全然読まない。このイメージで得をすることもたまにはあ...
2025年2月5日読了時間: 5分
だれかでいいや。
2020年の頭だったか、その前年の暮れだったか、とにかく僕はなんともムカついていた。東京造形大学のタグラインとして「 だれかで終わるな。 」という文句ができたことを知ったのだ。 「だれかで終わるな。」 だれかで終わることの何が悪いのだ。まったく僕は怒ってしまったし、今でも...
2025年1月4日読了時間: 3分
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