top of page

節約は好きですか?節約についてどう思いますか?

  • 執筆者の写真: Sota Takahashi
    Sota Takahashi
  • 2025年3月1日
  • 読了時間: 4分

更新日:2025年4月13日

節約は好きですか?節約についてどう思いますか?(後略)


 テーマ募集フォームからこのテーマをいただいて、久々に思い出した。僕は節約が大好きだったのだ。というより使命感を持って節約をしていた。


 小学生の頃、進研ゼミをやっていた。毎月とても楽しく勉強ができる教材と、雑誌や付録が送られてきていた。僕はもちろん教材なんかには目を通さずに雑誌や付録の部分ばかりを読んでいた。ある号の付録の冊子が地球環境特集で、〇〇年後には石油が枯渇するだとか(そういえばもうその〇〇年後の世界のはずなんだがこの問題はどうなったのだろう)、海水汚染が進んでウミガメが苦しんでいるだとか、地球温暖化によって気候変動が起こるだとか、そんな内容が書かれていた。地球に住まう人間として強い責任感と使命感を感じた僕はーー自己顕示欲の高さは幼少期から変わらないのだーーその日から家族の中で「省エネ大臣」になった。浄水施設では1/3しか浄水がなされていないということが書かれていたのでシャワーで流す水はなるべく少なくなるようにした。二酸化炭素の排出量を減らすべく、電気をこまめに消して、エアコンやストーブは必要最小限にして寒いときは服を着込むようにした。親としては我が子が地球環境に関心を持つようになったということ自体は喜ばしいことなのだろうが、あまりにも細かく電気を消すように言われることに次第に疲れてきたようだった。最初は「省エネ大臣」と呼んでおだてていたが、次第にこの言葉は侮蔑の意味で使われるようになった。ため息と不機嫌そうな顔もついてきた。僕は二酸化炭素の排出量を減少させるために薄暗い部屋で暮らしていた影響からか、徐々に視力が弱まった。しかしそんなことで諦めるわけにはいかない。地球は泣いているのだ。ビニール袋を食べてしまったウミガメも苦しんでいるのだ。少しでも節約をすることが未来の地球を好転させることにつながるはずだ。


 そんな僕の小さくささやかな節約と環境問題が、およそ無視してもかまわない程度の関係しか取り結べていないことを知ったきっかけは、東日本大震災だった。発電所の被災により、発電量が足りなくなり関東では節電がさけばれた。スーパーやコンビニの冷蔵庫の蛍光灯が消されたことが今でも印象に残っている。店内も薄暗くなった。僕は普段から明るすぎる店内に地球環境という観点から疑問を持っていたので、ようやく時代が追いついてくれたかと思っていた。この機会に是非ご家庭でも省エネ意識を高めてほしいものだと願った。しかしそれでも消費量に対して発電量はとてもではないが足りていない。いよいよ計画停電が始まろうとしていたとき、鉄道会社が電車の本数を減らした。すると一気にこの電力問題が解決した。電力のバーストは起きずに、計画停電は回避された。その後、結局別日に計画停電は行われることにはなったのだけど、このときに電車の本数を減らせば莫大な電力が節約できるという経験が結構ショッキングだった。「なーんだ、おれ一人の努力なんて全然大したことないじゃないか」ということがわかった。結局大企業なのだ。大企業がどうするかによって決まるのだ。

 話は脱線して似たような話をする。テレビ番組である食品メーカーの売り上げ1位を当てる、みたいな企画があるが、僕は当てるのが上手い。どういうことかというと、要は業務用として使われるものが売り上げ1位なのだ。決して個人消費のことを考えてはいけない。例えば前にあったのが、とあるポテトチップスメーカーが、どの味が1番人気かを当てるクイズを出すとする。僕は昔カフェでバイトしていたことがあるが、そこの食事メニューの付け合わせでポテトチップスがついてくる。きっと僕がバイトしていたその店だけのことではないはずだ。そしてこのポテチはのり塩だった。業務用として使うときにトリッキーな味が選ばれるわけがない。長期間販売しているベーシックなものが選ばれるに決まっている。しかも消費量は業務で使うから一般家庭の何倍もある。案の定、1位はのり塩味だった。結局、消費量が大きいところでこういった順位は決まるのだ。僕やあなたが、どんな味を好むかなんてなんの関係もない。


 そうなったら仲間を集めて団結しより大きな勢力を目指そう、となれたらまた僕の人生も広がったかもしれない。例えば省エネを目指して活動するソーシャルグループみたいなのがあって、そこに参加していたら僕もまた違う人生を歩んでいただろう。ただ現実はなんの意味もないならいいやと一気に省エネ熱は下がっていった。こういうときに行動できたら僕もグレタ・トゥーンベリさんみたいになれていただろうか。ひょっとしたら地球温暖化に関わる映画を作っていたかもしれない。そんな行動力がないおかげで、特別な誰かになることのない人々の話、つまり小話ばかり映画化している。


 省エネ大臣の職を辞したのが2011年だから、ずいぶん経った。部屋ではガンガンエアコンを使っている。今だって暖かい部屋で、明るい電気の元、書いている。目の前にはiPad、MacBook、Windows(スクリーン2台)が明るく光っている。視力は戻っていない。

最新記事

すべて表示
エッセイを書いた2025年

何を思ったのか2025年はエッセイを書いてみようと思い立ち、1年間ここで書いてみた。書いてみてわかったのだけど、僕の場合は自虐にはしらない限り、かなり高い確率で求められてもいない自慢や自分語りになってしまうということだ。恥ずかしいことだけど、油断するとすぐに自分語りをしてしまう。かなりの分量を書いてみて、読み返してみて恥ずかしくなって全部削除した文章がたくさんある。  おいおいどこの巨匠が書いてい

 
 
 
カラオケが苦手である

カラオケが苦手である。音痴だから恥をかきたくないということもあるが、それよりなによりカラオケという場にうずまく政治が苦手だ。  誰と一緒にいるか、どんな世代なのか、何人いるのか、盛り上がった方がいいのか、逆に下手に盛り上がらない方がいいのか、この曲を入れたら狙いすぎだろうか、しかし知らない曲を入れてもしょうがなく、世代的に一番若いから最近の若者っぽい曲がいいのか、合いの手は入れるか、サビが終わった

 
 
 
今夏の思い出

今夏、長野県の木曽で滞在した中で最も思い出深いのはmicciさんとの出会いだった。micciさんは木曽の山中で旅館を経営している一児の母である。息子のnaggieは10歳の少年。naggieはわんぱくで、虫が好きで、虫が嫌いな僕にたくさんのアブがとまっている掌を見せてくれる。「ねえママ!」と度々micciさんを呼んで一緒に遊んでほしいとせびる。  10歳くらいの子供はすごい。仕事柄子供達と一緒に映

 
 
 

コメント


© 2020 Sota Takahashi

​st

bottom of page