『ここにいることの記憶』についてそろそろなにかを書こうと思う
- Sota Takahashi
- 2024年10月9日
- 読了時間: 5分
川部良太監督『ここにいることの記憶』はいつ見ても僕に強かなダメージを与える。最初に見終わったときには絶望的な気持ちになった。そのときに自分が悩んでいたことに、真正面から、そして到底自分では思いつかないような映画の作り方で、一つの解答を得ていたと思ったからだ。そのときの衝撃を2011年5月22日のmixiの日記に書かれていたから、かれこれ13年前か。その日記には「僕はいずれこの作品についての批評を書く。」と書いている。13年経った。まだ僕はこの映画について語ることができていない。しかしいい加減なにか書けることはあるでしょうと思い、批評ではなくエッセイをなぐり書いてみる。
「そのときに自分が悩んでいたこと」というのは、今でも思っていることだから、笑わないでほしいのだけど…なんでフィクションの映画を作る必要があるのかがわからなかった。だって誰かが考えた嘘なんだよ。映画の物語っていうのは。そんな誰かの頭の中のことを表現するために多くの人たちが呼ばれる。プロと呼ばれる人たちはお給金をもらっているのだから話は別だが、学生同士の友達のよしみで呼ばれた人たちなんて、まるで駒のように監督の頭の中のイメージを再現するために使われるのだ。大学時代の僕はこのことに耐えられなかった。なんでスタッフや俳優をたくさん呼んで、監督の頭の中にある嘘をつく手伝いをしなければいけないのかがわからなかった。自分で監督するときも、僕が考えられる嘘なんて大したリアリティがあるわけではないのに、なんでみんなを付き合わせなければいけないのかしらと思っていた。自分だったらそんなのに付き合わされるのも、付き合わすのも、すごく嫌だけどなぁと。
そんなことをずっとずっと考えながら二十歳になったとき、前々から一部映像を見る機会があって、これは多分おもしろいぞという勝手な想像をしていた『ここにいることの記憶』を見た。
やられた!悔しい!簡単に言えば、映画作りが一つのプロジェクトなんだということを見ることを通じて体感した。フィクションを作ることは単に一つのきっかけに過ぎなくて、本当は別の部分にあることなんだと実感した。
『ここにいることの記憶』(川部良太監督)の説明をする。舞台はとある団地。この団地にはずいぶん前に起きた事件がある。カワベ・リョウタくんという男の子が突然失踪してしまったのだ。今もまだ見つかっていない。しかし、もちろんそんな事実はない。監督名と失踪者名が同じであるように、これはフィクション。嘘の出来事。そんなことは自明なこととして、映画は続く。失踪したリョウタくんとの思い出話をそこにいる団地の人たちが話す映像が続く。しかもただ話すのではない。その思い出が書かれた脚本(というか科白が書かれただけのA4の紙)を手に持ちながら住民達がカメラの前でそれを読み上げる。つまり失踪事件がそもそもフィクションであるのを隠さないように、カメラの前で話されるリョウタくんとの思い出もまた嘘っぱちであることを隠そうとしない。普通映画ならその科白を覚えた俳優が本当っぽく話すだろう。この映画では全くそんなことはしない。出てくる人物は「今私は紙に書かれていることを呼んでいます」という姿勢をそのまま剥き出しで出してくる。
それの何がおもしろいのかと思うかもしれない。しかしこれが滅法おもしろい。この映画を見ている人たちは次第に失踪そのものに対する関心がなくなっていく。その代わり、この科白を読み上げるという行為を通じて撮影クルーが話してくれている人たちと関係を持っていくその工程を目撃する。ときに通りがかった小学生達と話をしたり、閉店してしまう町中華のご夫婦と話をしたりする。つまり、フィクションというのは誰かと知り合うための口実に過ぎない。しかしこのフィクションがなければ撮影クルーと出演している人たちが知り合うことは全くない。そういうある「装置」としてフィクションを設定していた。同時に映画に出てくる人たちの立ち姿、座り姿、話し方、その全てにこの人達が歩んできた人生が刻まれている。そのことを映画ははっきりと映していた。この映画は、映画を作るというのは何かということと同時に、映画を見るという体験とは何かということをまた教えてくれる。
そしてなにより、この映画のスタッフたちはこの映画を作ることがとっても楽しかったんだろうなと予想できた。それは監督の頭の中に描かれた映像を再現する、僕がとてもつまらないと思っていた映画作りとは真逆の状態であった。なんて楽しそうに映画を作っているんだ!
僕は社交性が低いくせに寂しがりなもので、誰かと仲良くなりたいのにその仲良くなり方がよくわからなかった。…今もね。そんな僕にとってこの映画の出会いというのは、映画を作ることで誰かと会えばいいんだよと教えてくれた。社交性が低い自分を卑下したり、あるいは無理やり受け止めようとするのではなく、そっくりそのまま映画になるんだと、そのままで生きていていいんだぞと、言われた気がした。それが『上飯田の話』になっているし『移動する記憶装置展』にもなっている。
だからこの映画を見てもその当時僕が思っていたフィクションに対する悩みは、結局解決はされなかった。ただその悩みには一生付き合わなければいけないということはわかったし、こんなくだらない悩みを抱えていながらも、映画を作っていていいのだということもわかった。だから続けている。
『ここにいることの記憶』は今でも僕にとって最も大切な映画だ。
もしこの映画を見る機会がないままに、何も考えずにドラマの撮影現場とかにいたらどうなっていただろうか。「映画ってのはこうやって作るんだよ」という型にハマったことをしていたんじゃないか。そんな生活の中で一丁前に「最近の映画業界なんて終わりだよ」とかなんとかいいながら、酒を飲んでいたんじゃないか。そんな『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいな大きな変更は話半分にせよ、今とは違う人生を歩んでいた気がしてならない。
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