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セルビア北部の街スボティツァへ 20190620
下記記事は2019年6月20日にこちらで公開したもののBUです。 6月17日から私はセルビアという国に来ている。 こう話すと多くの方はまず「セルビアってどこ?」という質問と「なんでセルビアへ?」という質問をしてくる。 場所については検索してもらうとして、なんでセルビアなのか...
2020年9月20日読了時間: 4分
批評:「きらめく拍手の音」夫婦の習慣について
下記記事は2015年10月14日にこちらで公開したもののBUです。 ドキュメンタリーは嘘をつく。目の前で戦争の記憶を話している男が、実は戦争を体験していなくても構いはしない。問題は、映画を通じていかに見せるかである。その点からして、イギル・ボラ監督作「きらめく拍手の音」には...
2020年9月20日読了時間: 2分
批評:「訪問、あるいは記憶、そして告白」を オープニング上映することについて
下記記事は2015年10月14日にこちらで公開したもののBUです。 「訪問、あるいは記憶、そして告白」を オープニング上映することについて たかはしそうた 何の気なしに歩いていると、たまたま通った道のそばの公共施設で映画を上映するという。せっかくだからと中に入り、どこの国の...
2020年9月20日読了時間: 4分
ジャック・タチ アカデミー賞授賞式での挨拶 和訳
下記記事は2015年2月21日にこちらで公開したもののBUです。 ジャック・タチ監督が「ぼくの伯父さん」でアカデミー賞を受賞した際の挨拶を和訳しました。 https://www.youtube.com/watch?v=y88VU3qbSpY...
2020年9月20日読了時間: 1分
批評:ブロンコ・ビリー 西部劇であることの必要性について
下記記事は2015年2月18日にこちらで公開したもののBUです。 どの映画にも当然のように映っていながら、まるで映っていないかのように扱われているモノがある。映画だけではない。私たちの暮らしにはそんなものが山のようにある。しかしそのあまりにも当然すぎて見逃していた細部が、ふ...
2020年9月20日読了時間: 5分
Touching the Glossy Coat of a Horse. 和訳文
下記記事は2014年10月31日にこちらで公開したもののBUです。 11月2日に行われる「香も高きケンタッキー」の上映前に、 なんとか訳そうと思っていたのですが、難しいですね・・・。 色々な訳し間違いもあるかもしれませんが、 そのときは優しく下のコメント欄で教えてください。...
2020年9月20日読了時間: 8分
監督(私)のメッセージを伝えることは映画ではない
最初に書くと、僕は作る側として、映画で何かを伝えるということができるのか、怪しく思っています。もっといえば、映画では何も伝えられないのではないか、とすら思っています。そのことについて書きます。 フランス哲学者、若森栄樹さんはこう書いています。...
2020年9月20日読了時間: 3分
〇〇は映画ではない
「一度でも映画館に行ったことのある人なら、映画とは何であるかを直感的に理解しているはずだ。そう、あれのことなのだ。」黒沢清 自作を作るためのトレーニングとしてエッセイを書いていこうと思う。きっと「映画とは何か」ということについて書くことになるが、それは肯定的な言葉で、つまり...
2020年9月13日読了時間: 2分
1日1ログラインのまとめ
2020年1月16日から9月3日まで約7ヶ月【1日1ログライン】と称してほぼ毎日物語を作るための種のようなものをTwitterに投稿し続けた。 似たような内容も多かったこともあり、これを続けるのはもう辞める。が、ここに記録として作ったものを載せておく。...
2020年9月5日読了時間: 25分
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