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声が小さい人の映画

  • 執筆者の写真: Sota Takahashi
    Sota Takahashi
  • 2021年6月22日
  • 読了時間: 2分


 拙作『上飯田の話』はデータを渡して見てもらったり、大学院で同級生に向けて上映をしたり、他の映画から比べると圧倒的に少ない人数にしかまだ見せられていない。これから増やしていきたいので、公開する機会に恵まれたいものだ。


 この映画の感想を聞いていて気づいたことがある。高評価をしてくれるのは声が小さい人が多いということだ。僕自身作っていながら100%の人がおもしろいと思ってくれる映画ではないということはわかっている。だから大方「長い」だの「何が伝えたかったのかわからない」といった言葉を頂戴する。そう言われる覚悟もできている。ただ、涙が出るほど嬉しいことに、時折おもしろいと言ってくれる稀有な人が現れてくれる。そしてそういう人は大抵、上映後に何も言わず、サッサと帰り、次に会うときにこちらから「どうでしたかね?」と問うとボソッと「おもしろかったです」と言ってくれる。それだけではお世辞で言ってくれただけなんじゃないかと思ったが、中には更に小さな声で「家でもう一回見ました」と言ってくれる人もいた。


 僕は図らずもこういう結果になったことを受け止める。多分「こういう人達によりそえる映画」ができたんだ。みんながおもしろいと言ってくれる映画はきっと別にあるんだろう。かたや僕の映画はそうなれなかった。だけどごくごく一部の人にこの映画は伝わっている。伝わった人というのは決してシネフィルばかりではない。…といってもある種の映画好きな人達には違いないけれど。

 本当は少しくらい声の大きな人に届いてほしい気持ちもあった。しかしこの映画の「そうなれなかった」ということが逆に声の小さい人たちに伝わったのかもしれない。だとしたらそれはすごくすごく嬉しいことだ。


 今次作を考えている。次もまた声の小さい人達の側にいたい。小さい声がいずれ大きな波になってくれるはずだと信じつつ。


 
 
 

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