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地図に残らない仕事

  • 執筆者の写真: Sota Takahashi
    Sota Takahashi
  • 2022年7月15日
  • 読了時間: 2分

 「地図に残る仕事」というのは大成建設のキャッチコピーだ。初めて見たときから「良いコピーだな」と思っていた。印象にも残るし、仕事の価値も、責任感も伝わってくる。


 ただ僕はこういう仕事が自分の性に合わない。むしろ地図に残らない仕事の方が多分合っている。


 以前務めていた会社で建設関係の職人の方々と仕事をするときがあった。そのときに印象に残っているのが、渋谷駅の再開発工事に関わる「工事のための工事」をする人たちだ。とある場所に地下鉄につながる穴を掘りたい。その穴を直で掘ってしまうと周囲の地盤の関係で上手く掘れないので、その穴を守るための別の穴を掘るというものであった。

 非常にキツイ現場だったそうだが、誰も気づかないし、今はもう跡形もない。彼らの仕事は地図に残っていない。なんてかっこいい仕事だろうかと思った。誰にも気づかれないところに本気になれることに感動した。そうあるべきだ。誰にも評価されず、誰の役にも立たず、自分の満足のためにやっている。


 こうした作業員はきっと工事が完成してもテープカットだとかいった行事に参加することはないだろう。また別の現場作業をきっとしているのだろう。表に立つのは表に立つ用の人物なんだろう。それがかっこいいじゃないか。そして歳をとった時に「昔ここで穴を掘ったのはおれなんだ」と自慢げに話すのも良い。僕はこうした昔話を聞くことも大好きだ。


 僕がTwitterでやっている「本日のベストパーソン」や「本日のベストフレーズ」といったくだらぬ賞は、こうした誰の記憶にも残らないだろうけれど印象的だった人や言葉を少しでも記憶に留めておこうじゃないかという活動である。僕は忘れっぽい。というか人は忘れっぽくできているらしい。こうした小さな輝きを逃すまいと、デジタル化している。

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