top of page

倦怠機とスクラップ&ピーリング

  • 執筆者の写真: Sota Takahashi
    Sota Takahashi
  • 18 時間前
  • 読了時間: 5分
昔のスボティツァ駅舎
昔のスボティツァ駅舎

 念願のスボティツァ滞在が叶い、暮らしている。5月28日に着いたときには驚いた。随分と駅舎が新しくなっていたのだ。前回来たとき(2023年1月)にはまだできていなかった高速電車が完成した。それに合わせてボロっちくて壁の一部なんか剥がれていて当たり前だった駅舎の薄汚い黄色は、すっかり綺麗なクリーム色が均一に塗られている。僕としては正直前の駅舎の方が味があっていいなと思っていたのだが、やはり高速電車の便利さを知ってしまうと、そりゃこちらの方がいいよなと思う。

 どれほど味があろうが、便利さを知ってしまえば昔のものよりも新しいものの方がずっと良い。しかしそれに抗ってこれまでのものが残っている姿を見ると、なんともそこからしか得られない養分のようなものがあってグッとくる。そこには携わる人の愛だけでない、何か抵抗の跡のようなものがあるのだ。

 虎ノ門にある「大坂屋」の建物を見れば、誰もが「おお!」と思うに違いない。高層ビル群の中に突如現れる木造店舗。周囲を取り囲む建物が高層化して坪単価の経済効果を押し上げている中、頑なに低層状態を保っている姿は、愛ゆえの周囲からの孤立を視覚化している。

 どんなものも、ずっと使っていれば時代に合わなくなって「ダセェな」と思われる時期がくる。そこでしかし踏ん張ってそれでも好きだから使い続けると、あるとき急に「逆にかっこいい」の時期が訪れる。この時期まで物を持ち続けている姿はとてもかっこいい。どんなにデザイン性が高かろうがガラケーも一時期は「ダセェな」と思われていた。だがあの頃(とはいつ頃なのかという問いは一旦宙吊りにして)のガラケーをいまだに使っている人がいたら最高にクールだと思う。僕はこの時期を「倦怠機」と呼ぶことにした。恋人と一定期間付き合っていると誰しも倦怠期が訪れるように、「こいつもそろそろ買い替えかな」なんて思う時期が来る。しかもダサいと思われている時期は長い。そこをなんとか乗り越えると、かっこいいが訪れるのだ。


 母方の祖父は一度好きになった物をなるべくずっと使うタイプだった。その最たるものは横浜市泉区上飯田町にかつてあった家である。祖母はあるときから「私新しい家に引っ越したい」とか莫迦なことをヌカすようになった。娘一家(つまり私の家族)総出で「やめたほうがいい」と諭していたのだが、あまりにしつこいもので祖父は根負けして最終的にマンションを買った。しかし祖父は上飯田の家が気に入っていたので住み続けた。熟年別居を始めたのだ。祖父はひょっとしたら、祖母その人よりもあの家に愛着を持っていたのかもしれない。祖父はどうやら本当にあの家が好きだったようで、度々リフォームをして時代に合わせたカスタムを加えつつも建て替えることはせず、息を引き取ったのもあの家の中であった。その祖父の姿や家は拙作『パパの腰は重い』で見られるので是非機会があれば見ていただきたい。さてその家は祖父の死後、売られて建て替えられて、もうない。というか、なくなるからその前に映像で残しておこうということで『上飯田の話』は制作をすることになったのだ。理由は税制上の問題が大きいようだ。あの家もあともう少し経てばなかなか味のある昭和建築になれたと思うのだが…ただ好きだというだけでは倦怠機を越すことはできない。経済的に見れば明らかに損失だと思われることに誰かが抵抗し続けなければならない。だから残されているものは貴重なのだ。人と人との付き合いもまた、ただ好きだというだけでは倦怠期を越えられないでしょ。これについては僕は詳しくは知らない。


 ある物が残っていることの価値というのは、その希少性とも無関係ではない。例えば「大坂屋」の周辺一帯があのレベルに古い建築だらけであったなら、その価値を見出しづらい。だから壊して新しく、より便利で、経済効果の高い物にしようという流れになる。スボティツァの駅舎もおそらくあのなんともボロっちい、修繕されてんだかされてねぇんだかわかんないようなものが駅舎だけだったらよかったものの、残念ながらその周辺には同じくらいユーゴスラヴィアの残骸がそこかしこにある。ただ概ねヨーロッパの建築は物持ちが良いし、良くも悪くもベオグラードのような都市ではないから、まだこれから大きくかわっていくということもないだろう。

 「ダセェな」と思われないようにするにはどうしたらいいかといえば、どんどん捨てては新しい物を買い続けることだろう。とても残念なことに祖父の意志を継げなかった私の母なんかは見栄っ張りなのですぐに物を買い替える。ダサいと思われるのが嫌なのだ。しかしそうなるともちろんまたすぐにダサいと思われる時期が訪れるのだからまた買い替えなければならない。その繰り返しの末に、なんの哲学もないただ新しいことにだけしか価値のない物たちが残るのだからどんどんとダサくなっていく。これを「スクラップ&ピーリング」と呼ぶことにする。お肌のピーリングは、やると古い角質を削いで赤ちゃんみたいな若々しい肌が出てくるのだが、それは肌を傷つけていることと変わらないためどんどん肌が逆に傷んでいくらしい。そうするとまたピーリングをして肌を新しくしていかねばならず、しかしそうするとまた肌が痛み…綺麗にしているはずなのにどんどん傷んでいく。そんなサイクルに陥るという現代の怪談みたいな話がある。それとそっくりだ。


 家事と喧嘩が江戸の華だったのだから、東京というのはスクラップ&ピーリングをしょっちゅうしている街である。なんだかよくわからない渋谷の工事は、はたしていつまで続くのか。そもそも何年ももたないことを想定して作っているのだろうか。

 僕はそれでもあるとき東京がスクラップ&ピーリングをやめて倦怠機に向き合う時代がきてほしいなと思っている。「大坂屋」の周辺に立っている虎ノ門ヒルズもまた、しばらく経てば「ダセェな」と思われる。それを乗り越えたらかっこよさがやってくる。

 5月に渋谷に行ったら大工事の真っ最中であった。帰る頃にはどれくらいの建物が残っているだろうか。そんな街に「地図に残る仕事」だとかいう標語はむなしく響いていないか。


最近撮ったスボティツァ駅舎
最近撮ったスボティツァ駅舎

最新記事

すべて表示
カンヌで死者の気持ちを知る

カンヌ国際映画祭にいた。そこで見た是枝さんの『箱の中の羊』は実子を亡くした夫婦の弔いの話ということになるのだろう。この映画がはたして弔うこととどこまで向き合えたかどうかというのはとりあえずさておき、この映画を見た数日前に実感した弔いに関する小さな経験について書きたい。  小泉義之著『弔いの哲学』は時々読み返したくなる本だ。冒頭に書かれているこの文章は弔うことに関するこの本の基本方針である。 「誰か

 
 
 
駄文:違いがはっきりしているものと、ないもの

下書きをしているファイルにずっとあるものを、ずっとあってもしょうがないのでアップします。なにを今更と言うようなことを書いていました。おそらくこういうことを書きたくなったということは、誰かにドキュメンタリーとフィクションの違いを尋ねられて、答えられなかったことへの腹いせなのだと思います。しかし喉元すぎて熱さ忘れた今、別にそんなこと書かなくてもいいじゃないというような気もしなくもない。ま、いいや。アッ

 
 
 
評論はどんどん書かれるべきだ

侯孝賢は語る。「創作者には、自分の映画制作を振り返って、そこに働いている原理やプロセス、とりわけその原理を語ることはできません。ですから私は、自分の映画について人が書いた評論は見ないのです。相当時間が経って、たまたまふと目にすることがあると、ああ、当時彼らはこんなふうに書いていたのか、などと思います。そしてたいていの場合、それらはまったく当たっていない。研究やら論文やらに書かれたことはほとんど的が

 
 
 

コメント


© 2020 Sota Takahashi

​st

bottom of page