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仮死状態からなんとか蘇生する

  • 執筆者の写真: Sota Takahashi
    Sota Takahashi
  • 2024年2月26日
  • 読了時間: 4分

 先の記事で書いたCCAJは無事に終わった。最終的に10分の「フィルムエッセイ」を参加者12人が作った。これがすごい傑作なのでどこか見られるところがあったら是非見てみてほしい。


 編集は侃侃諤諤、というほどかまびすしくはないけれど、ああでもないこうでもないと進められたらしい。色々なパターンが試されて、最適なものを探したのだそうだ。参加者の何人かはその日のワークショップが終わって、家でも編集をどうしたらいいのか悩んでいたという。最終的にはエンドクレジットに監督として12人の名前が並んだ。すごい。編集が終わって軽い打ち上げのときに諏訪さんから佐藤真さんの言葉が紹介された。編集で一度絶望を味わわなければいい映画にはならないという。似たような話は塩田明彦さんからも聞いたことがある。監督ラッシュを見たときに絶望するのだと。これは映画にはならないんじゃないか、とんでもない駄作を撮ってしまったのではないかという絶望。そこから塩田さんはこう続けた。編集というのは、一度仮死状態になった映画をもう一度蘇生する行為なのだ。こども達が作った映画もまさしくそうしたプロセスで撮られた(ように僕には見えた)。


 ところで編集とはどうやらそういうことらしい。一度絶望して、蘇生させていく。これがいい映画ができるということなのだ。そしてそれをこども達はやってのけた。うーん、なるほどそういうことなのかと思って『上飯田の話』の編集を思い返すと、まあ、たしかにどこまで使おうか悩んだところはあったなぁという気持ち。もしかしたらそういう悩みというのが『上飯田の話』における絶望だったのかしら。多分そうだったんだろう。僕もまた悩みながら1つの映画を編集していたのだ。そうだそうだ。


 そんなことを思いつつ、話をしていたら今回のCCAJの特別講師、大川景子さんの監督作『Oasis』の話になった。これは2023年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された、とっても好きな映画だ。そしたらその話題になった途端に大川さんが「えーけど『Oasis』はみんなみたいに悩んで編集とかしてなかったからなぁ」と言った。ガツーン!と頭を打たれたような衝撃で「うわーーーーー!」と僕は内心叫んだ。そう言っていいんだ!という衝撃で。僕はさっきまで諏訪さんや塩田さんという尊敬する監督達のことを思い出して「いい映画を作るためには一度編集で絶望しなければならない」というルールを盲目的に信じていた。だから自分の映画でも編集で苦労したフリをしようとした。さも絶望を一度通過したような気がして過去を捏造しようとしていた。けど正直に言います。今回のCCAJの参加者のみんなが思い悩んだような苦労なんて僕は全然していない。カッコつけたくなって、映画を作っている先輩面したくて、なんだか苦労した気がしていた。そうやって高楊枝をしながら気取っていただけでした。ごめんなさい。全然苦労していません。


 この大川さんの言葉は本当に衝撃的で、こういうことを話してしまっていいんだということを教わった。だから大川さんのあらゆる言葉には嘘がないし、こども達からも信頼される。と同時に、僕はなんて見栄っ張りで、さもしいやつなんだろうかと反省をしました。そうだそうだ、自分の思ったことは、言葉にしていいんだ。


 あと『Oasis』ってそんなふうに作られたとは全然思わなかった。すごい映画だからてっきり悩みながら作っていたのかと…もちろんそれは大川さんの謙遜もあるし、もしそうでなければ編集の技術がものすごいということなのだけど。どちらにせよガックリ僕はうなだれながら、その後の打ち上げにおりました。はぁ。

 こども映画教室にいると、本当に映画を作る天才に会える。そんな人たちを見て僕は絶望して、仮死状態になった自分をなんとか蘇生するために、今日もいらない見栄を張ってしまう。嘘をついてしまう。おれは大したことないんだ、ということを隠すために。なんとか別の蘇生方法を見つけたいものだ。

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