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他人に迷惑をかけてはいけないのか

  • 執筆者の写真: Sota Takahashi
    Sota Takahashi
  • 2025年12月31日
  • 読了時間: 3分

 「他人に迷惑をかけてはいけない」ということが、相対的にではなく絶対的に悪いものであるかのように言われると、僕はそうだろうかと眉を顰めてしまう。「なにをやってもいいけど、他人に迷惑をかけてはいけないね」なんて、まるで世界の法則や道徳の基本原則であるかのように諭しているのが聞こえるとついつい口ごたえしたくなる。小学生が拙い知識で大人ぶって言うならまだしも、それを大人になっても言っているとなると、もう少し考えた方がいいんじゃないかとも思いたくなる。こういうルールというのはなるべく守った方がいいという程度のものだろう。

 もちろん「他人に迷惑をかけるべきだ」ということをいっているのではない。他人に迷惑をかけてでもやりたいことがあるのなら、そちらを優先すべき”とき”もある。あくまで相対的な価値だろうという話である。だからいくら自分がやりたいことであったとしても人殺しをしてもいいということではない。それは「他人に迷惑をかけてはいけない」のではなく「人殺しを行ってはいけない」から。


 ただ他人に迷惑をかけないようかけないよう生きるよりも、他人に迷惑をかけてしまうことがわかっていても何かやりたいことがある人の方が、僕はいいように思う。そういう人が好きだ。


 そもそも他人に迷惑をかけずに生きろなんてどだい無理な相談である。こどもの頃に親に迷惑をかけずに育った人がいるだろうか。大人になってからも会社や組織で働きながら、失敗をしながら成長していったはずだ。もし誰にも迷惑をかけた覚えがないというなら、その人はあまりにも鈍感すぎる。周りの人にどれほど我慢を強いてきたのか、想像力がなさすぎる。

 僕たちが基本的に誰かと関係を持つということは、多少なりとも迷惑をかけたりかけられたりするコミュニティの輪の中に入ることの言い換えである。


 僕が東京造形大学に入学したてのころ、食堂で「階段部部員募集」という看板を身体の前後につけてサンドイッチマンをしている同級生がいた。彼は彼が作りたいと思った”階段部”という部活を作るために仲間を探していた。その部活動ははた迷惑なもので、階段を全速力で上り下りしては当時学長だった諏訪さんに怒られたり、勝手に多摩美の学園祭に乗り込んでは実行委員に摘み出されたりしていた。けどそこまでして彼は階段を上り下りしたかったのだ。その衝動を抑えられなかった。そしてそれによって人とコミュニケーションをとっていた。彼はこの方法でどういうわけか仲間を見つけていた。そんな彼に「他人に迷惑をかけてはいけない」と言っても無駄であったろう。それでも彼は階段を走ったはずだ。

 かくいう僕もそんな階段部をおもしろがって仲間に入れてもらっていた一員である。


 映画を作るとき、やはり必然的に誰かに迷惑をかけてしまうことになる。撮影許可を得ているから、お金を払っているから、他人にかける迷惑は解消されるということはない。僕なんか頼まれてもいないのに郊外や地方に行って映画を撮っているのだから迷惑の権化のようなものだ。ただ、やはりそれでも映画を撮ることを通じて誰かと会えることは楽しいので、やめられていない。


 ここ数年、海外の環境保護団体が美術品にペンキをぶちまけたり、道路を封鎖したりしながら自分たちの主義主張を叫んでいる姿を見る。彼らを批判する声が聞こえる度に、全面的に反対する気持ちになれない自分がいる。そうやって社会と繋がろうとしている姿は、僕がどこか地方に行って映画を作っている姿と相似形であるような気がしてならない。

 
 
 

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