top of page

エッセイを書いた2025年

  • 執筆者の写真: Sota Takahashi
    Sota Takahashi
  • 1月17日
  • 読了時間: 3分

 何を思ったのか2025年はエッセイを書いてみようと思い立ち、1年間ここで書いてみた。書いてみてわかったのだけど、僕の場合は自虐にはしらない限り、かなり高い確率で求められてもいない自慢や自分語りになってしまうということだ。恥ずかしいことだけど、油断するとすぐに自分語りをしてしまう。かなりの分量を書いてみて、読み返してみて恥ずかしくなって全部削除した文章がたくさんある。

 おいおいどこの巨匠が書いているのだというような上から目線。己が映画の神様であるかのように御託を述べ、世間を決めつけ、狭い見識で何かを語りたがる。あーバカバカ。引っ叩いてやりたい。

 僕は順調に自慢話をしたがるおじさんへの道を歩んでいる。


 ウルトラセブンの12話がなぜかネット上に公開されたという情報が、年末の、しかもギリギリのタイミングで飛び込んできた。ウルトラセブンの12話というのは特撮に興味がない僕も知っているくらいの伝説的なエピソードである。再放送禁止となり、その後円谷プロも欠番扱いとしていて、どうがんばっても見ることができない話であったはず。特撮ファンであったなら大騒ぎしたことだろう。そのことをツイッターに書こうと思った。

 「映画ファンにとってそれは『牯嶺街少年殺人事件』がアメリカでブルーレイ化されたというニュースくらいの衝撃なのだろう」と書いて全部消した。誰がそんな情報を求めているのだ。僕は特撮ファンが盛り上がっているところに「あぁ、それなら似たようなことがあってね」なんて言い始めて全然違うことを話し始める厄介なオタクムーヴをかまそうとしていた。「『牯嶺街〜』ってそれくらいの衝撃だったんですか?」とか「え〜詳しく教えてください」とか言われたいだけじゃないか。何も考えずにそんなことを書いてしまっていた自分にもガッカリしてしまった。誰も求めていない自慢。こんなことばっかりだ。気がつくと自分がされて嫌だったことを他人にもしてしまっている。


 ここ数年「この人苦手だなぁ」と思う人がことごとく自分に似ていると思えてならない。プロジェクトを進めていく上での報連相が雑で、迷惑をかけているのに悪びれる様子もなく、なんなら他人のせいにする人にむかっ腹が立った。けどその姿は昔の自分と似ていた。会話の流れ上、お決まりのリアクションをすべきところをスカしてみせる人に腹が立った。これも自分に思い当たる節がある。傷つくようなことを言われたのに何の謝罪もないことにムカついた。これもまた自分のことを言われているようである。


 会社員として働いていたとき、適性検査みたいなのを受けさせられた。自己肯定感が全社一低いと上長から言われた。自己肯定感が低い人たちは、自分語りをしてなんとか肯定感を自家発電しようとする。心理学のことなんて全くわからないが、どこかでこういう仮説を立てている人はいないだろうか。僕はその仮説を裏付ける非常に良いサンプルになれる自信がある。


 2026年は気が向いたらまたエッセイを書き続けるが、何か笑えるような失敗話ができたときにこっそり書くことにしよう。がんばって書けば書くほど読み返したときのガッカリ感が強まるばかりだ。PDCAは回っている。

最新記事

すべて表示
カラオケが苦手である

カラオケが苦手である。音痴だから恥をかきたくないということもあるが、それよりなによりカラオケという場にうずまく政治が苦手だ。  誰と一緒にいるか、どんな世代なのか、何人いるのか、盛り上がった方がいいのか、逆に下手に盛り上がらない方がいいのか、この曲を入れたら狙いすぎだろうか、しかし知らない曲を入れてもしょうがなく、世代的に一番若いから最近の若者っぽい曲がいいのか、合いの手は入れるか、サビが終わった

 
 
 
今夏の思い出

今夏、長野県の木曽で滞在した中で最も思い出深いのはmicciさんとの出会いだった。micciさんは木曽の山中で旅館を経営している一児の母である。息子のnaggieは10歳の少年。naggieはわんぱくで、虫が好きで、虫が嫌いな僕にたくさんのアブがとまっている掌を見せてくれる。「ねえママ!」と度々micciさんを呼んで一緒に遊んでほしいとせびる。  10歳くらいの子供はすごい。仕事柄子供達と一緒に映

 
 
 
思い出にならない日々を過ごしたこと

大学時代のあるとき。仲の良かったグループの中の1人が「みんなで週末、富士山に行ってきた」と話していた。えー、いいなぁ富士山、おれ登ったことないんだよなぁ。そんなことを思ってからふと「あれ、おれは呼ばれていないぞ」ということに気づく。あー、そうか。おれはこのグループのレギュラーメンバーのつもりだったけど、みんなにとってはゲストだったのか。彼らは彼らの中で過ごしたい時間があって、おれはその中にどうやら

 
 
 

コメント


© 2020 Sota Takahashi

​st

bottom of page