とある科白に心掴まれる
- Sota Takahashi
- 2024年1月21日
- 読了時間: 4分
映画の科白でこんなに感動したのは今までなかった。いかにもカッコつけたような言い回しや、キャラクターの個性を伝えるための変な口癖、説明的になることを避けつつ説明をするための科白、僕はそうしたドラマ上では許されているけれど現実では一切聞かない言葉たちにとても大きな違和感を持ってきました。そのため僕は口語的な言葉を使いながら脚本を書いています。ただこの科白を聞いたとき、科白の力にようやく気づいた気がしました。
その映画というのが『男はつらいよ 寅次郎夢枕』という映画の中の一言です。『男はつらいよ』シリーズはちょこちょこ見てはいて、この映画全体としては、他の寅さん映画の方が好きだなと思いました。が、しかしこの映画のラストシーンの言葉はすごい。以下の説明を読む前に是非見てほしい。時間がないならとりあえずラストシーンだけでもいい。とりあえずはね。
とはいえこの映画を今すぐに見るわけにもいかない事情もあろうから、言葉でシーンの説明をしつつ話をすすめます。
映画のラストシーン、寅さんはいつものように女と別れて(『寅次郎夢枕』はフラれていない!)柴又を去り、旅先で飯を食べている。そこには舎弟の川又登もいる。寅さんは口八丁にカッコつけたことを言ってお勘定をする。財布から紙幣を取り出して「釣りはいらねぇよ」と店を2人で出る。店の角を曲がろうとしたときに店の女将さんが出てくる。寅さんはカッコつけたことをすると必ずドジをするものでお勘定が足りなかったのだ。「ちょっと!これじゃ足りないよ」と言ってくる。寅さんはその女将さんに気付いているのかわからないが、店の角を曲がってしまい姿は見えない。しょうがなく登が対応する。金がない登は奥さんに自分の上着を金銭の代わりに渡す。登は寅さんのもとへ行く。
ここからです。
勘定が足りないまま出てきて、自分が払わされたことに登は怒っているのだと僕は思っていたので、寅さんに追いついたら「兄貴ィ、ひでえじゃねェか」とか「勘定が足りねェよ」とか、不満をたれるのだとばかり思っていました。しかしここで登は「ババアに上着取られちゃった」とおどけてみせます。これです。僕はこの科白はすごいと思う。なんだそんなもんかと思うかもしれない。そもそも寅さんの科白じゃないのか!と思うのかもしれません。もっとなんか人生に役立ちそうな、哲学的な言葉を期待していたらごめんなさい。しかし僕は自信を持って言います。なかなかこんな科白は書けるものではない。本当に登は寅さんのことを尊敬しているのだということが伝わってくる、心からすごいと思える科白です。
寅さんの科白というのは、ネットでまとめが出ているとおり、いわゆる「名言」が多い。しかしそうした「気の利いた言葉」は大体が寅さんの人間性を表現するために語られる言葉で、効率的なストーリーテリングに奉仕している。それはそれでいいのだが、どこか脚本家の作家性が押し出されているようで僕は苦手です。ただこの登の科白は別格。なんのドラマも進まず、意味はなく、ただ登はふざけている。そのふざけの中に一瞬のぞかせる寅さんへの尊敬の念。これは登になりきらないと書けない。
このショットの連鎖というのもまたよい。もしかしたら山田洋次はこのちょっとした小話に大した労力を割いていなかったのかもしれない。店の外に出てからの一連は2カットで構成されていて、そのどちらもがかなりのロングショット。ただ風景を重視して撮っただけとも見える。特に2カット目はこの映画のラストカットになるわけだし。どこまでがこの科白を活かすために意図されたものなのかはわからないが、それなら幸い。もし登のクローズアップでも入ろうものなら、この可笑しさはたちまち消え去ってしまっただろう。
僕もそんな科白を書いてみたいものだ。しかしそのときに自分にできることは何もないことに気づく。いい科白を前にできることはただ呆気に取られて「やられた!」と思うだけだ。こうしたいい科白はあまりにその人の生活と結びついているがために、生活を知らずに書けない。書いた人の人生がものを言う。いい映画を見て何か吸収しようとしても、大体が失敗に終わるのはこのためで、まずはよく生きようと思おう。ただ「いい科白を聞いたぞ!」というこの感じを忘れずに、あわよくば自分の映画で何かできればいいなと願う。できなくてもしょうがない。そういうもんだ。
ところで読んでいるあなたにこの科白のヤバさは伝わっただろうか。映画を(聞くことも含めて)見ることは1つの体験なので、言葉で最後まで書いてしまってから画面を見たら全然伝わらないかもしれない。僕はこの記事を書きながら、しかしそれでも見てほしいと思っているので書いてみました。伝わったら嬉しいが…伝わらなくてもいい。この科白の凄さを知っているのはおれだけだ!と喜ぶだけです。
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