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ちょっとしたドジ

  • 執筆者の写真: Sota Takahashi
    Sota Takahashi
  • 2022年9月4日
  • 読了時間: 2分

更新日:2023年2月10日

 今日は朝早くに出発することとなり、久々に7時頃の電車に乗る。すっかりこういうことは忘れていたが、通勤通学ラッシュに巻き込まれてしまった。すぐ隣、もう本当に腕と腕がビタッと密着する距離に女子高生がいる。こういうときに僕は絶対に女子高生には触れたくないので本を読むことにした。両手で本を読んで、いらぬ誤解を避けたかった。


 電車が動き出してすぐ、その隣にいた女子高生が数10センチ程僕から離れた。それはまぁスペースができて良かったことだけど、なんで離れたのかが気になってしまった。通勤電車はギュウギュウでよく多少なりともスペースが作れたものだと思ったからだ。もしかしておれ、臭いのか…?と思ったがまだそんなに汗はかいていない。このTシャツだってそんなに濡れてないしな、と自分のTシャツを見て気付いた。今日のTシャツは「女子高生がカバに乗っている」絵のプリントされたTシャツだ。この記事を読んでいる人には弁解したいけど、CUNEだぞ、下北で買った。ブランドものなんだ。お洒落なんだ。けど朝の満員電車でそんなことを説明できるわけもなく女子高生がプリントされている服を着ている人がいたら、そりゃ引くよな…ましてや自分が女子高生だったら、距離とるよな…。そうかこのTシャツだったか。まあ今更変えられないし、もういいと本を読んでいた。さくらももこの『ひとりずもう』だ。とここでまた少し気になることが。本の背表紙が隣の女子高生側だった。背表紙にはこの本の紹介文が載っていた。しまった!と思ってその紹介文を読むと1行目に「『生理になりませんように』と祈った中学生時代。」とある。ひょえー!こりゃもう距離をとられても仕方ない。かなりデリケートな話題をサラッと書いているじゃないか。けど、けど、さくらももこだからね。ちびまる子ちゃんの!と思っても件の女子高生くらいの年齢の人にとってさくらももこってどれくらい有名なんだろうか。2018年に亡くなったから、もしかしたらそんなに知らないのかもしれない。もちろんちびまる子ちゃんは知ってるだろうけど、この人が有名なエッセイストでもあることを、どれくらい知っているのだろうか…。


 そんなこんなで電車は終点の駅に着いた。僕はリュックを前にかけてカバTシャツを隠し、手で本の背表紙の「生理」の文字を隠しながら降りた。私は意図せずこういう服でこういう本を読んだのです、何も危害は加えませんというせめてもの意思表示として。


 こんなドジ報告の文章を書いていたら、駅を2駅乗り過ごした。馬鹿も休み休み言わねば。


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