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「厩火事」が苦手だ

  • 執筆者の写真: Sota Takahashi
    Sota Takahashi
  • 2021年3月9日
  • 読了時間: 3分

更新日:2021年4月15日

 僕は時折、会話の中で自分でも信じられないくらい差別的な発言をしてしまう。ジェンダーについて、ルッキズムについて、経済格差について、自分でも後から「なんであんなことを言ってしまったのだろう」と激しい後悔で眠りにつけなくなるときがある。一時のおもしろい話のために、誰かを貶めてしまう。それはきっと男性であり、シスジェンダーであり、ヘテロセクシャルである自分が当然のように育ってきた環境に起因するものだ。私の生まれた平成初期の世代では(もちろん世代のせいにしてはいけないのだが)テレビで「オカマ」といえば笑いや奇異なものの対象とされ「ハゲ」は馬鹿にされ「ホームレス」は落伍者であり「男対女」のような対立軸が平然とあった。


 しかしこの考えは間違っている。

 今は本気でそう思っている。


 落語の話でどうも好きになれない話がある。「厩火事」だ。ある妻がヒモ亭主の大切にしていた茶碗をわざと割り、とっさに茶碗のことを気に掛けるか、妻のことを気に掛けるか、その様子を見て、夫が妻をどう思っているのか知ろうじゃないかという話である。

 「咄嗟の反応には本心が現れる」ということがこの話を裏で支えている。僕はこの考えがすごく嫌だ。もし僕が厩火事のヒモ亭主だったら、妻を庇わずに茶碗の心配をしてしまうかもしれない。上記の通り、差別的な発言を咄嗟にしてしまうからだ。ゾッとする。


 自らが平然と信じていたものが間違っていた時、それを心で思っていても、やはり拭い難くそれまで信じられていたものが僕の心にこびりついてしまっている。そのことに僕は激しく悩む。


 前働いていた会社で5年間僕の上司だった人がいる。僕はいまだに彼を超える素晴らしい上司に会ったことがない。ただ1点ずっと気になっていたことがある。彼の考えを一言で言えば「気持ちがあれば行動は自ずと変わる」ということを信じていた人だった。これは厩火事の世界である。僕は彼を心から尊敬するとともに、非常に畏れていた。この純真な哲学を前に僕はいつかうっかり自分の本性、生まれ育ってきた環境が現れてしまうのではないかということに。


 最近の社会は人間性があらゆる物事に先んじて尊ばれる。お笑い芸人は面白いことを提供していれば良いという世界ではなくなってきている。歌手は素晴らしい歌声を披露する前に人格者でなければならない。これは僕のような人間に「生きる場所はありません」と言われているように感じるときがある。

 そして、間違いを犯した人間に再起を与える機会は減ってきている。何かあれば過去の発言がほじくり返され、追及され、完膚なきまでに叩かれる。


 僕のような人が生きていける場所があるだろうか、きっとこのことは僕がこれから映画を作っていく上で大きな主題となっていく。できれば贖罪の映画にはしたくない。僕のような愚かな人に立場を与える映画を作りたい。


 今までの映画で無いわけではない。『狩人の夜』を見たとき、救われた気がした。連続殺人鬼であり自らの母親を殺した男(ロバート・ミッチャム)が、警察に亡き父と同じように地面に押さえつけられているのを見た子供が、殺人鬼を許してあげてくれと懇願する。この咄嗟の出来事のわけわかんなさに胸打たれるのは、勧善懲悪を超越した瞬間を目撃してしまうことにある。厩火事的世界では理解されがたきこの瞬間、これこそ「業の肯定」ではないだろうか。

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